バケツも使ったユニークなダンス振付家 ヒルデ・ホルガー

ダンス 即興&振付

今回ご紹介するのは、イサドラ・ダンカンよりも前に表現主義的ダンスを世の中に広めたヒルデ・ホルガーというダンサー、振付家、ダンス教師についてです。

バレエ最盛期の20世紀前半に、かなり革新的でもありますが、ユニークな振付法をした振付師で、自分のダンスカンパニーを生涯にかけて3回も設立、最後亡くなる寸前まで、ロンドンの自分の教室でダンスを教えていたというとてもエネルギッシュな人物です。まずは、その人物像から。

ダンス表現主義の先駆者ヒルデ・ホルガーとはどんな人物?

ヒルデ・ホルガーは1905年、ウィーンのユダヤ人家庭に生まれました。3歳の時に父親を亡くしていますが、その父親も詩を読むような人で、親戚関係も含め芸術家の家庭に育ちました。その頃からダンスが好きでよく踊っていたと言います。

とはいえ、ダンス学校に入るまでは15歳まで待たなくてはならず、15歳でウイーンの国立アカデミーに入学。ゲルトハート・ボーテンワイザーにダンスの指導を受けます。ホルガーはこの先生からダンスが「自分らしくあること」の重要性を教わったと言います。

1926年(彼女が21歳の時)に自分のダンススクールを作り、多くのダンサーを育てました。
1936年にドイツがオーストリアを侵略し始めた頃、ホルガーは友人のツテをたどって、インドに亡命します。そしてそこでも、ダンススクールを開き公演もしたのです。さらに、自分の舞踊にインド舞踊を取り入れるなど、精力的に活動しました。

1948年 戦後、イギリスがインドから撤退すると、インドでは、イスラム教徒とヒンズー教徒の対立が始まってしまいました。血が流れるのはもう嫌!とホルガーはインドを去り、夫とともにイギリスに移ります。
ホルガー自身ユダヤ人だったので、オーストリアにいた家族は彼女以外みんなドイツ人に殺されたというので悲劇です。彼女は独裁主義や戦争、迫害、剥奪などを全く拒否し、そのような世界から背を向けます。

そして、ロンドンのカムデンでまた、ダンススクールを開き、「ヒルデ・ホルガーのコンテンポラリー教室」と看板を出して教え始め、2001年に95歳で亡くなるまで、教え続けました。

ホルガーのコンテンポラリーダンスクラス

彼女が、ロンドンで行なったコンテンポラリーダンスクラスについてはビデオ「ヒルデ・ホルダーのコンテンポラリーダンス教室」で見ることができます。(YOUTUBEには紹介動画、VIMEOでは全て見れます。)その中ではどんなことを教えていたのでしょうか?

バーレッスンーまずは形を覚えてから自由に踊るー

クラスの初めの方には、バーレッスンを行います。プリエ、タンジュ、バットマンクロッシュ、バッチュなど、バーに捕まってのレッスンからです。

ここで、ホルガーは「まずは形を覚えてから、自由に踊る!」と言い切っています。彼女の踊っている写真を見ても、ポーズが決まっていますが、バレエを体作りに取り入れていたためでしょうね。納得いきます。

一人づつの即興ダンスから

フラフープの輪を使って動いてみる

いよいよ、彼女の特徴的なダンスレッスンが始まります。

まずは、生徒たちは、輪になってそれぞれフラフープくらいの大きさの輪を一つ持ち、それを自分の前の床に置きます。
一人づつその輪の中に入って、くねくね体を動かしたり、片足立ちでローテーションしたり、自分で感じたままに動きます。他の人たちはその真似をして一緒に動くのです。
「何を表現しているのかな?」とか「何を感んじ動いているんだろう」と考えてしまうくらい、見入ってしまいます。

バケツを使って感じたまま動く

次は、バケツを使って思いついたことを表現するという課題です。

まずは、バケツを使って、一人一人動きます。バケツを持った手を震わして、バケツをガタガタ鳴らす人もいれば、バケツをひっくり返しては戻す、という動きを繰り返す人もいます。バケツに触れて、ちょっと動いてみるといったところでしょうか。

さらに即興を深めていくと、バケツに頭を入れて、脳天倒立する人もいれば、バケツに両足を入れて、バケツを落とさないように、床で転がる人もいてそれぞれの発想と動きが発展してきます。
ホルガーも「見本ね!」といって、その生徒褒めますが、ホルガーのこのような声のかけ方もとても的確です。
バケツからいろいろな動きを発想できるんだなあと感心します。それぞれ、バケツに対して感じることや思い出があるんですよね。

このようは課題に音を上げる生徒もいるといいますが、ホルガーは「立ち止まっていてはダメ!どんどんやりづつけないと!来た限りは、何かを掴んで帰ってほしい。」と結構スパルタです。

自分が自分らしく自然であること

この他にも、クラスでは、このような課題をやっていくわけですが、ホルガーがこのレッスンを通して、伝えたいのは「自分らしい踊りをすること」なのです。
ホルガー自身は自然の動き(木々、動物、空気)などに自身がインスピレーションを受けるといっていますが、
(ホルガーが魚になったように踊るシューベルトの鱒は、初演時に大絶賛だったようですがうなずけます。vimeoの方で見れます。)
そのインスピレーションから自分らしく踊るということが、大切だと強調しています。その人らしくない表現は、不自然に見えて美しくないということなのでしょうね。

まとめ

今回は、表現主義の先駆者ヒルデ・ホルガーについて、彼女の生涯とレッスンについて書いてみました。彼女の育てた後進には、振付師にはリンゼイ・ケンプやダンスセラピストのヴォルフガング・シュタンゲなど個性的なアーティストがいます。それぞれ、個性的な活動で活躍してますが、ホルガーの「自分らしく踊ること」の精神が受け継がれています。

参考資料

ヒルデ・ホルガーのコンテンポラリー教室 VIMEO
ヒルデ・ホルガーのコンテンポラリー教室 youtube紹介動画
ヒルデ・ホルガーのサイト https://hildeholger.com/


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