ロンドン生活の始まり

一年間コースの費用は、当時約8000ポンド(日本円で140万くらい)。なんとか日本で働いていた貯金で学費は賄えた。

兄の家に一年間居候させてもらうことにして、その代わりに、ハマースミスからラバンセンターのあるニュークロスまで毎日電車で通った。イギリスは、外食してもあまり美味しいものがないし、お金もないので、お弁当を持参。

ロンドン市内はとにかく家賃が高いので、兄のところに居候できたのは、大助かりだった。
いよいよ期待していたロンドンでの生活の始まり!

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朝9時から夕方6時までダンスのクラス

ラバンセンターでのダンスディプロマコースは、大学と同じでダンスの実技と理論のクラスがあり、合計で履修単位を満たないと卒業できないシステムだ。

ダンスディプロマコースのカリキュラムIMG_1171

科目は、コンテンポラリーダンス、振付研究などが必須で、バレエ、振付、即興、ジャズダンスなどは選択科目だった。

オーディションの手応えからダンス実技はまあまあと思っていたがコンテンポラリーダンスクラス配属は4クラス中一番下で、バレエは下から2番目だった。

少しがっかりだったが、アメリカやヨーロッパから大学の舞踊科を卒業した人や修士まで終わった人も多かったので、

小さなダンススタジオでやっていた私にとっては、彼らと肩を並べてダンスができるのはいい刺激になったし学ぶことの方が多かった。IMG_1163

授業でも日常生活でも英語は慣れ⁈

私のような留学生は、放課後英語クラスもあり、クレアというとても面倒見のいい女の先生が 週に一回クラスをで英語を教えてくれた。

 

IMG_1178シェークスピアの「リア王」を見たが、俳優が何を言っているのか全くわからなかった。クレアが、休憩時間に解説してくれたおかげで、すこし内容も理解できた程度である。

英語は、英会話教室に行って日本でも勉強していたはずだったが、日常会話からお店や駅など色々な場面で、かなり不自由があった。

英語について言えば、英語の文法を間違わないとか、リスニングでしっかり聞き取ると言うよりも、慣れるしかないような気がする。

その場の状況や、人のそぶりなどを見て、言葉を身につけて言ったほうが、自然な英語が身につく。あとで、あれはなんて言えばいいのかなど調べたり、人に聞いたりするとかなり身につく。

それと、わからなかったら”Can you tell it again?”と聞き返すことも重要だ。

ロンドンの生活の次第にも慣れて

最初は電車に乗るときなど、色々なことで日本とは色々と勝手が違うのにかなり戸惑った。

例えば、電車に乗ってどこか行く時も、日本では降りてから窓口で清算できるが、ロンドンの地下鉄や電車は、乗る前に切符を買うか、オイスターカードに(日本のパスモ、スイカのような交通系電子マネー)お金を入れておかないと、降りてから乗車料不足がわかると、20ポンドの罰金が課せられる。私もこれで一度失敗してしまった。

この他にも、スーパーで売っているものも違うし何を買っていいかわからないなど、諸々。

最初の頃は、そんなことをラバンセンターの日本人同級生と、昼休みや帰りに愚痴っていた。中国人や韓国人の同級生も同じことを感じたらしく、その話に加わり始め、アジア系の食品が売っているスーパーはどこがいいだの情報交換をした。IMG_1181
そうはいっても少しづつその環境にも慣れていき、ヨーロッパ各地やアメリカから来た学生とも仲良くなるようになり、ホームパーティに誘われたり、日本食レストランに連れて行ってあげたり楽しい交流も始まった。

ロンドンではコンテンポラリーダンスの公演も多い

振付研究のクラスでは、ダンスを見に行って感想を書いてレポート提出する課題もあった。
普段から、先生方からダンスを見に行くように言われ、ダンス公演を色々と紹介されたが、最初は、生活に慣れるのが精一杯で、見行っても途中で寝ていたりしていた。
英国のダンスカンパニーと言えば、その頃はリチャード ・オルストン、マシュー・ボーン、DV8, シホン・デービス、その他にもたくさんのコンテンポラリーダンスカンパニーがあり、見るたびにに面白いダンスに出会った。チケット購入に学割がきくのも得だった。

 

特徴的なダンスと言えば、DV8率いるロイド・ニューソンのダンスフィルムでは車椅子のダンサーが車椅子から降りて踊りまわり、演技も見ごたえがあった。彼の作品はDVDになっていくつか販売されている。

多くのダンス公演をすることで知られている劇場は、サドラーウエルズシアター、ピーコックシアター、ザ ・プレイスのシアターの3つである。

ちょうどその頃、サドラーウエルズではラバンセンターの卒業生マシュー・ボーンの男性ダンサーだけの白鳥の湖の公演がロンドンミュージカルとしても上演され、話題になった。

サドラーウェルズシアターのサイト

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ザ.プレイスという建物の中にも劇場があり、その中でも多くのコンテンポラリーダンスの公演が上演された。

ロンドンコンテンポラリーダンススクールというダンス学校のも併設されていて、そのダンススクール生の公演もそこで行われた。

ザ.プレイスは、ロンドンのコンテンポラリーダンスの中心的な存在で、毎年Resolution 、Evolution というダンスの祭典があり、とくにイギリスのコンテンポラリーダンスカンパニーの登竜門となっていた。

まとめ

この頃は、自分の作品が、ザ.プレイスのResolution の選抜に通って、シアターで上演できるようになるとは思っていなかった。この時はダンサーとしてやっていきたいということしか考えていなかったので、卒業したら早速コンテンポラリーダンスカンパニーのオーディションを受けにいくつもりだった。そこで、卒業後は、ダンスカンパニーのオーディションを受けにまわり、プロジェクトに参加してダンサーをしていたのだが、その後の留学体験記は次回のお楽しみ。

体幹トレーニング+ダンスクラスは

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コンテンポラリージャズダンスクラスは

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タイチーダンスについては

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